大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和42年(う)60号 判決

控訴人・被告人 久保勝男

弁護人 渡部直治

検察官 伊藤嘉孝

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人名義および弁護人渡部直治名義の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について。

原判決が、罪となるべき事実の第二として酒酔い運転の事実を、第三として小川誠、加藤松春に対する各重過失傷害の事実(右は一所為数法の関係にあるので、重い小川誠に対する重過失傷害罪は刑をもつて処断するとしている。)を各認定し、右第二および第三の罪を刑法第四五条前段の併合罪として処断していることは、所論の指摘するとおりである。論旨は、右各重過失傷害の罪は、右酒酔い運転自体を過失の内容として発生したものであるから、酒酔い運転の罪との間に観念的競合の関係があるものであつて、同法第五四条第一項前段により、一罪として処断されるべきであり、したがつて、原判決が、右両者を同法第四五条前段の併合罪として処断したのは、法令の適用を誤つたものであると主張する。

そこで、検討するに、原判決が認定した罪となるべき事実第二および第三ならびにその引用証拠によると、被告人は、第二、呼気一リットルにつき一・五〇ミリグラム以上のアルコールを身体に保育し、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、昭和四一年一〇月一四日午後一一時二五分頃、八戸市沼館四丁目一番地の一先附近道路において普通貨物自動車を運転し、第三、右日時、右の自動車を運転して、右場所にさしかかつた際、運転を開始する前に飲んだ酒の酔いが廻り、ひどく酩酊し、前方を注視して先行歩行者等を確認することもできない状態になつていたのであるから、このような場合、自動車を運転する者としては、直ちに運転を中止し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、被告人は、これを怠り、そのまま時速約二〇粁の速度で敢えて運転を継続した重大な過失により、進路前方を同一方向に歩行していた小川誠および加藤松春の姿に気づかず、その背後から衝突して両名を路上に転倒させ、小川を車体の下部にはさんだまま引きずり、よつて、小川に対し加療約一ケ月間を要する左大腿、下腹部骨盤部、両前腕、前胸広範性擦過性糜爛等の傷害を、加藤に対し全治約一〇日間を要する後頭割創等の傷害をそれぞれ負わせたものである。(原判決が判示した第三の過失の内容には、その表現において若干明確さを欠く点がないではないが、その引用証拠を参酌すれば、原判決は、結局右に説示したところと同趣旨の過失を認定判示したものと解することができる。)

おもうに、自動車を運転しようとする者が、酒に酔つて自動車を運転し、前方注視をしないで事故を惹き起し、人を死傷した場合において、もし、運転者が、当時事故を防止するに必要な程度の前方注視をすることができない状態にあつたものとすれば、その以前において運転を中止すべき注意義務を負つていたものというべきであり、したがつて、運転を中止しないで酒酔い運転をしたこと自体が注意義務違反の内容をなすものと認められるから、酒酔い運転の罪と重過失(業務上過失)致死傷罪との間に観念的競合の関係があり、またもし、運転者が酒に酔つていたとはいえ、いまだ事故を防止するに必要な程度の前方注視をすることができる状態にあつたものとすれば、右の前方注視をすべき注意義務を負つていたものというべきであり、したがつて、この義務を尽さなかつたことが事故の直接の原因たる過失であり、酒に酔つていたことは、たかだか右義務違反を誘発した縁由であるにすぎないものと認められるから、酒酔い運転の罪と重過失(業務上過失)致死傷罪とは併合罪の関係にあるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、被告人は、本件事故当時、酒に酔い、前方を注視して先行歩行者等を確認することもできないほどの酩酊状態にあつたのであるから、その以前において原判示自動車の運転を中止すべき注意義務を負つていたものというべきであり、したがつて、その運転を中止しないで酒酔い運転を継続したこと自体が、本件重過失傷害罪の過失の内容をなすものと認められるのであり、してみれば、右に説示したとおり、原判示第二の酒酔い運転の罪と第三の各重過失傷害罪とは、それぞれ観念的競合の関係にあり、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、一罪として処断されるべきものであることが明らかである。しかるに、原判決が、これを同法第四五条前段の併合罪として処断したのは、法令の適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、この点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、弁護人の控訴趣意第二点および被告人の控訴趣意(いずれも量刑不当の主張)については、後記自判の際に判断が示されるので、ここではこれを省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条により、原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により、当裁判所において、さらにつぎのとおり判決する。

原判決が認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為中、第一は道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号、罰金等臨時措置法第二条に、第二および第三のうちの酒酔い運転の点は道路交通法第六五条、第一一七条の二第一号、道路交通法施行令第二六条の二、罰金等臨時措置法第二条に、小川誠および加藤松春に対する各重過失傷害の点はいずれも刑法第二一一条後段、罰金等臨時措置法第三条、第二条に各該当するところ、第一の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、第二および第三のうちの酒酔い運転と小川誠に対する重過失傷害、酒酔い運転と加藤松春に対する重過失傷害、小川誠および加藤松春に対する各重過失傷害は、それぞれ一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、結局一罪として、最も重い小川誠に対する重過失傷害罪の刑に従い処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、同但書、第一〇条により、重い右重過失傷害罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で処断すべきところ、情状についてみるに、本件は、被告人が、深夜泥酔して、無免許で普通貨物自動車を運転し、進路の前方右側を同一方向に歩行していた被害者両名に自車を衝突させ、被害者小川誠を車体の下部にはさんだまま二〇〇メートル以上も引きずつて進行し、よつて、両名に対し原判決のような各傷害を負わせたものであつて、その過失の程度および結果は重大であり、さらに、被告人が、いずれも昭和四一年中に、速度違反、酒酔い運転等により、三回も運転免許の停止処分を受けたうえ、同年八月には、右免許停止中に、酒に酔い、制限速度を超えて普通貨物自動車を運転したことにより、運転免許の取消処分に付され、また右各違反により、二回にわたり罰金刑に処せられたにもかかわらず、そのうえまた本件違反、事故に及んだものであることを合せ考えると、その犯情は極めて悪質というほかはなく、被告人の父が各被害者に対し、治療費等を供していずれも示談が成立したこと、その他、被告人の年令、家庭の状況などの被告人のため有利に斟酌すべき事情を考慮しても、この際、被告人の責任はきびしく追及されなければならないものと考えられるので、以上のような情状を勘案して、前記の刑期範囲内で被告人を禁錮六月に処し、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により、原審および当審における訴訟費用はこれを被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 有路不二男 裁判官 西村法 裁判官 桜井敏雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例